• 体験悟性 【歯界時報 2000年6月 No.542】

    学生達が、マルクス・レーニン主義を掲げて騒いでいた頃、カントの純粋理性批判のような偉大な書物をがらくたのように謗ったレーニンの態度が私はたいそう嫌いであった。レーニンのような唯物史観では、私の好きな俳人松尾芭蕉の人間性など正当に位置づける事はできない。

    このような人間が作った国が長続きするはずがないと思っていたが、この大国は自ら崩壊し消滅していった。幸いなことであった。カントやヘーゲルの事を考えていた頃、私は体験悟性という言葉をよく使った。ア・プリオリな体験悟性は人間形成のうえで大きな役割をしているという事である。例えば、虫をつかまえて遊ぶ子供を考えてみる。子供は不用意に虫を傷つけやがて殺してしまう。そしてその虫の軀(むくろ)を見ながら子供は自分のしたことを知るのである。

    このような体験悟性を蓄積して、子供は基本的な人間性を獲得するのである。だから、一人の人間が出来上がるために、その何千倍何万倍もの虫や鳥や獣が存在していなければならないのである。

    この間、高校生の老婆殺害事件が起こった。
    この生徒は人を殺す経験がしたかったと悪びれずに言った。この生徒は明らかに体験悟性の形成に大きな欠陥があるのである。
    虫や鳥の姿が消えかかっている大都会で、このような子供は確実に増えていくのである。

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